手製靴やヴィンテージ靴で時たま発生する「音なり」。
歩くたびに「ギシギシ」「ギュギュ」っと音が鳴る。
様々な要因があり、個体によってその発生源はマチマチです。
ウェルトやアッパーの乾燥だったり渋の軋みだったり。
中でも事例が多いのはアウトソールの内部剥離。
(アウトソールを剥がした状態。見えているのはミッドソール)
歩行時の屈曲運動によって中底や相亀(ミッドソールなどの中間層)とアウトソールが摩擦を起こしている場合です。
あるいは剥離した内部空間から空気が漏れ出る音である場合も。
いささか耳障りであることは否めませんが、かと言って”徹底的に阻止すべきもの”と断ずるのは早計かもしれません。
(ボンド層がほとんどないため簡単にバラせる)
古来より「いい靴にはボンドを使わない」という格言があるように、実はメリットもあるのです。
・整備性(バラしやすさ。ステッチを解けば解体が容易)
・吸・透湿性(ボンド層は疎水性のあるシーリング膜となってしまう)
・フレックス性(ソールを固着させないため屈曲運動を阻害しにくい)
などの有利な点があるのは確かです。
事実、伝統的かつ頑健なソールコンストラクションを採用している英国靴はしばしば”コバ割れ”を起こしています。
なんならそれこそ「昔ながらの手間のかかった、いい靴のバロメーターだ」とする人も居ます。
※コバ割れ:ソールの断面(コバ)が割れたように隙間が空いている現象。実際には割れているのではなくパーツ同士が剥離している状態。ダシ縫いが繋がっていれば特に問題はない。
ボンドに依存せず糸と釘を中心に固定することで、自在に分解し、そして組み上げることのできる再生可能なボトム構築が可能になるのです。
(シャンクも外した状態。シャンクが原因の場合もしばしばある)
一方でボンド(セメント)の存在価値は”縫わなくてもいい”点です。
強力な接着力によって、コストカットや効率化、デザインする上での様々な制約から解放されるといった恩恵を得られます。
ただしそのメリットはそのままデメリットとも言えます。
ちょっとやそっとでは剥がれない接着面を、修理プロセスの過程で分解したい時には、熱や溶剤を作用させるか、パワーによって強引に剥離させるしかありません。
いずれも靴本体に負荷がかかり、度合いがひどくなればもはや直してるんだか壊してるんだかわからないほどです。
接着剤の進化とともに、靴の姿もそれを取り巻く文化も変化してきたと言えるでしょう。
いつしか人々は糸だの釘だのよりもボンドを信じるようになり、靴は軽くて安くておしゃれで直しにくい(正確には”直せるけど制限を抱えている”)ものに近づいています。
その是非は人によるのでここで言及することはありませんが、かつての当たり前と現代の当たり前がまるで変わってしまったことは確かでしょう。
冒頭に触れた『音なり』もそのひとつです。
「歩くたびに足音とは違う、軋むような音がする」
旧時代では今ほど珍しいことでもなかったことでしょう。
ところが接着剤の進化とともに内部剥離は抑えられ、足音はどんどん静かになっていく。
静かになったもんだから、時たま起こる怪音が”異常”として認知されていきます。
(1938年製 JOSEPH M.HERMAN SHOE USN Boots)
今回ご依頼をくれたspeedtwin1953さん(インスタグラムのブーツコレクターさん)はビンテージへの愛が深く音なりに対しても寛容なスタンスの方ですが、当該のブーツは「あまりにも音なりがデカすぎるため周りが振り返るレベル」だったためリソールに踏み切ったそうです。
確かにかなり盛大に鳴るため、聞き馴染みのない人なら「何の音?」といぶかしむのも頷けます。
たとえご自身が気にせずとも、周囲の中で「革靴なんだからそりゃ時には音鳴りくらいするよ」という当たり前だった認識が失われている以上は配慮の必要があるのが現代の社会なのでしょう。
そんな訳でソールまわりを交換いたしました。
痩せたフィラーも詰め直し、内部に空間が発生しないように。
今回は実用性を重視しDr.Soleのスーパーグリップのセットアップです。
音鳴りも解消され誰に気兼ねすることなく履くことができます。
YUMA.
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